幻のデビュー作を半世紀の時を経て完全復刻

「嵐をこえて」 「嵐の波止場」

漫画家生活50周年を記念して、デビュー作『嵐をこえて』と、同年刊行の『嵐の波止場』を2冊セットで完全復刻。どちらも明るい少女を主人公に、後につながる独特のギャグやユーモアが随所に溢れるファン待望の名作 ●特別付録:『「嵐をこえて」「嵐の波止場」読本』赤塚真知子(フジオ・プロ社長)インタビュー「赤塚不二夫がデビューするまで」赤塚不二夫年譜里中満智子(漫画家)「“ギャグの天才”の少女漫画苦闘時代」米沢嘉博(評論家)「赤塚不二夫の物語作家としての可能性」

 

■書誌データ

  • ■区別:復刻コミック
  • ■ISBN:4778030206
  • ■商品名:「嵐をこえて」 「嵐の波止場」
  • ■著者:赤塚不二夫
  • ■本体価格:3,600円
  • ■形体:B6変 函入り
  • ■発売日:2006.03.16

特別コラム

山田英夫曰く

 二十歳の赤塚不二夫が少女マンガ「嵐をこえて」で1956年初夏にデビューしたのは、当時、交流のあったつげ義春の紹介がきっかけだった。
 葛飾区立石出身のつげと、新潟から上京してやはり下町の江戸川区小松島や西荒川に住んでいた赤塚とは、おとなしい性格だけでなく、中卒で家族のために働きに出た経験も共通していたからか、妙にウマが合ったようだ。
 年齢は二つほど下だがすでに前年に単行本デビューを果たしていた先輩格のつげと、赤塚は盛んにマンガ論をたたかわせていたという。既成の児童マンガにあきたらない、表現意欲を抱えていた二人がこの時期、交流したのはマンガ史的にも興味深いことだ。
 赤塚のその後の作品の登場人物に「よしはる少年」が出てくる。それだけでなく、当時下町のシンボル的存在だった北千住の「お化け煙突」が二人の作品には描かれていた。とくに赤塚の少女マンガには映画「下町の太陽」や「三丁目の夕日」ではないが、赤い夕日と煙突という、昭和三十年代の下町の情景が原風景のように描かれる。赤塚の少女マンガが郷愁を誘われるのはそのためで、「こち亀」の秋本治も少年時代のフェイバリットにあげているほどだ。
 そして、まだ紙芝居の世界に身を置いていた白土三平もそう遠くない葛飾区金町周辺に仮寓。つげの名作「お化け煙突」の舞台となった下町を紙芝居廻りの〝縄張り〟にして(のちの白土夫人が)歩いていたとは、関係者の述懐だ。
 下積みの〝天才〟三人が同じ時期に荒川周辺で暮らし、同じ光景をみて〝未来のマンガ〟への情熱を温めていたと考えることは、愉快なこと。それからしばらく貸本の世界で苦闘を重ねるつげ、貸本からまたたく間に少年誌の舞台でも脚光を浴びる白土、トキワ荘グループでは遅咲き組ながら、貸本時代とは打って変わってギャグの世界で才能を開花させる赤塚と、それぞれ別の道を歩むことになる。
 長いキャリアの出発点となった「嵐をこえて」は、町内に一人はいた〝気立てのいい娘さん〟ミドリの、波乱万丈の「悲しい物語」ではある。ただ、この時代の定番におさまらず、ユーモアややや逸脱気味のドタバタギャグまでおしみなく詰め込まれ、寺田ヒロオでなくても「君のマンガは詰め込み過ぎだ」と言いたくなるサービス度だ。
 少女マンガという与えられた枠のなかで、みずからの資質を模索、新しい実験に挑もうと苦闘していた青年・赤塚の、これは、小さいけれども記念すべき、第一歩だった。赤塚がトキワ荘に入居し、石森章太郎と暮らし始めるのは、デビュー作発表の二か月後のことだった。

本書の読みどころ!

POINT01


©赤塚不二夫

 ミドリとスミレはオテンバな仲良し姉妹。近所の洋館に住む美少女を少年探偵団気どりで助け出しに向かうが、少女・ユキ子は不治の病いで静養中だったのだ。たちまち親友となる3人だったが、少女のはかない最期が訪れる…。

POINT02


©赤塚不二夫

 親友を失ったミドリはノイローゼになって、床についていた。友達のクニオくんらの励ましが実り、ユキ子が病床でもほがらかさを失なかったことを思い出したミドリは、介抱へ向かう。病いで一夏を過ごしたミドリはすこし大人になっていた。